最近、同僚とよく会社のビジョンの話をしている。背景については割愛するが、要は会社にビジョンを求めているのである。 会社としてビジョンを掲げてくれないと自分たちがどう動いていくべきなのかがわからない、ということだ。
とはいえ、「個人的なビジョン」も必要だよなぁとぼんやりと考えていた。
そんな中で個人的に好きな三大漫画の一つであるアオアシが完結目前ということもあり1巻から読み直しているのだが、第1話から琴線に触れるセリフがあった。 東京シティ・エスペリオンFC監督の福田達也が主人公の青井葦人をユースへ勧誘する時のセリフだ。
「 俺には野望がある。俺の作り上げたクラブで、世界を掌中に収める。世界への踏み台じゃない。我がクラブこそが世界だと。バルサもマドリーもマンチェスターも、ミランも、叩きつぶす。その野望のすべてを担うもの、育成<ユース>だ。」
なかなかに響いた。これは福田達也個人の野望であり、エスペリオンというチーム自体に世界一を目指すという話は出てこない(はず)。 しかし、そんな野望を持って育成に力を注いでいる福田達也のもとには、サッカー選手として大成しようとする優秀な若者たちが集まる。 中には福田達也と同じように世界で戦うことを前提としたユース生もいる。 福田達也は自らの野望を果たすためにチームを率いているが、そのための行動がチームのためになっているし、ユース生個人のためにもなっている。 ユース生も自分のための行動がチームのためになるし、福田達也個人のためにもなっている。ここには明確に正のフィードバックループがある。
対して自分はどうだろうか。会社が、もしくは会社の経営陣がビジョンを掲げたとしてそこに個人のビジョンを重ねることができるだろうか。 相互作用関係を作り出すことはできるのだろうか。このセリフを読んで個人のビジョンを掲げていく必要があると感じた。
ただ「ビジョン」というと綺麗すぎる感じがあるので「野望」が今の気持ちによくハマる。
そんなこんなで@iwashi86さんの講演を思い出した。 これも熱くなる講演だった。見たのはYouTubeの動画だけど...
なかなか現実味を持って「日本」を主語にした野望を持つことはできないが、「会社」くらいなら可能かもしれない。 いや野望というくらいなのだから「札幌」とか「北海道」とかもっと大きく出てみてもいいのかも。
そんなことを考えている。
